カテゴリー別アーカイブ: 戦争と平和

8月6日の娘と僕。妻と僕。

今年も8月6日がやってきた。
原爆が広島に落とされた日。

毎年この日の朝には、平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)が行われる。

今朝は8時前から、次女がテレビをつけて、録画してあった『もののけ姫』を観ていたので、
「今日は何の日か知っている?ほら、この字読める?」
と「しんぶん赤旗」の1面を見せた。今日被爆71年
次女は被爆といってもピンこなかったようで、

「広島に原爆が落とされて、一瞬のうちにたくさんの人が死んだんだよ。『はだしのゲン』読んだことあるでしょう。」

「ああ、あれね」

「そう」

「お母さんの名前は、この原爆に関係があるんだ」

「えっ?」

そして、NHKにチャンネルを切り替えると平和式典の画像が映し出された。

「原爆が落とされた日、8月6日の今日は、お母さんの誕生日だよね。戦争でたくさんの人が死んだけど、その中でも原爆では一瞬で何十万人の人が死んだんだ。そんな戦争がない世の中、美しい平和な世界を作る人になってほしいという願いが、お母さんの名前に込められているんだって。」

「へえ〜」

そして原爆が炸裂した8時15分。

私と次女は、テレビの中の人たちと一緒に黙祷を捧げた。

世界で唯一、人間に向けて使われた原子爆弾の被害国である日本で、このような悲惨な原爆の実相を私たち日本人が毎年振り返り、その廃絶の意義を確認し続ける行為は、相当な意識と努力がないと継続しないと思う。平和教育って大仰なものではないけれど、僕はそういう、一人ひとりの行為がとても大事だと確信する。

21年前の8月6日、8時15分、つき合い始めたばかりの妻と僕は、今日の娘と僕と同じように、黙祷していたことを思い出した。

妻の誕生日に感謝。

市長の言葉は今年も核廃絶に向けた強い決意が込められていた。
市長の言葉は今年も核廃絶に向けた強い決意が込められていた。
子ども代表は、次代に原爆被害を伝える必要性を訴えた。
子ども代表は、次代に原爆被害を伝える必要性を訴えた。

「友達とはこういう話できないので、新鮮でした」

22日、若者たちで語り合う、「TALK×DISCUSSION_Vol.2」が行なわれました。

トークはまず私から、昨年7月の集団的自衛権容認閣議決定から始まり、その後戦争法案反対の運動が若い世代の中でも巨大に広がったこと、日本共産党が戦争法廃止を目指す「国民連合政府」構想を打ち出し、野党間の共闘に向けた取り組みが広がっていることなどを紹介しました。
また、パリでのテロをきっかけに報復の動きが強まる中で、テロをなくすにはどうしたら良いのか、も考えてみました。

イラク戦争で無辜の住民が虫けらのように殺されていく動画(まるで戦争ゲームを見ているのかと錯覚するような映像)を参考に投影したのですが、見ていられなくなり途中で視聴をやめました。
アメリカなどの大国が、「テロとの戦い」だと言って戦争を始め、罪なき子どもや女性、高齢者を大量に殺すことが、憎しみをさらに増幅させ、テロの温床を拡大していくと思います。
【以下の動画は見ない方が良いかもしれません】

参加された28歳の女性は、「私は、戦争法はおかしいと思う。自分や自分の子供たちの世代が武器を持って人を殺すことには絶対に嫌だ。だから反対する。デモにも自分が参加することで他の人に少しでも影響を与えられるならと思い参加するようになった」と話しました。同時に、「そういう話を周りの友人に話しても、嫌がられたり、またそれを嫌って自分からそういう話題は出さないことが多い」「言いたいのに言えない、そこがとても苦しい」と率直に話してくれました。
また、戦争反対の論調やSEALDsなどの若者達の動きに対してネット上では、空想的だ、お花畑だといった批判があり、それに対してうまく答えられないという思いも出されました。

憲法9条を持つ国の力とはどういうことかについて、FBで紹介されていた高遠菜穂子さんの講演を視聴し考えました。高遠菜穂子さんの発言(2013年)

2013年12月10日 第5回Peace Night 9(講演会)~高遠菜穂子さん■日本は情報は溢れてません■外から見えている姿と国内の自己認識の尋常でない乖離■戦場で銃を持つということ■平和憲法によって私たちは守られている***私は年に半分位外国で暮らすんですよね。中東にいるんですけど、まず皆さんにお伝えしとかなければならないのは、日本は情報は溢れてません。日本は、情報は溢れてないです。私は帰国する度にここ数年、ほんっとにあの10代の頃から海外から帰ってくる時に体験してますけども、ここ数年本当に思うのは、帰ってきた瞬間に四方八方ドアがパタンパタンパタンと閉まって国際社会から隔絶される感覚というのを味わってます。で、それは日本に長く20年、30年住んでいる、外国の方、アメリカ人イギリス人この間大阪で飲んだんですけど、みんな同じ事を感じてました。まずそれを1つ知って頂きたいというのと、それから、あの自分たちの姿っていうのが、どこの国も自分たちの国とか自分たち日本人の姿だとか、外から見られているのと多少ギャップがあるのが普通なんですけれども、最近のたぶん外とのギャップ、外から見られている姿と自分たちが認識している自分たちの姿のギャップが尋常じゃなくかけ離れている、というのがあると思います。例えば、日本のテレビを観て、中国の軍事大国化みたいなところを怖い怖いとかそのイメージを持ったりしてますよね?、結構。で、そうなんですけれども、逆に私、ヨルダンという国であっちこっちの国のテレビを観てます。韓国にしても、CCTV中国のにしても、BBCにしてもCNNいろんなのアルジャジーラいろんなの観ます。なんだけれども、例えばCCTV中国のあれ(TV番組)を観てると、ものすごい軍の映像がバァーっと流れてるんです。どこだろ?すごい護衛艦で、もうパラシュートで降りてきて、すごい絵をやっるわけですよ。どこかな?と思ってると、自衛隊なんですよね。それが延々中国のCCTVでやってるわけですよ。で、思えば、ようするに中国のお茶の間でそれを観ている中国の一般の人たちは、それ観てわぁー日本がまた、みたいに思ってるわけですよね。みんなが中国観て、わぁー軍事大国化してるよ、と言ってることと全く同じ事を向こうも思ってるっていう事だと思います。で、これは今CCTVとあげましたけど、最近はアルジャジーラとかそういったインターナショナル、ワールド系のアルジャジーラ・イングリッシュなんかでも、実はつい2週間位前にも、自衛隊特集をやってたんですよ。たぶん皆さん観た事ないと思います。私は北海道なので、周りがほとんど自衛官のあれなので、迷彩服で演習のあれとか垣間見てますし、それから北海道のローカルのニュース、例えば6時の夕方のニュースで、20分なったら地方のニュースに切り替わったら、時々やっぱり在日米軍が北海道に来て演習してます、合同演習やってます、うちの隣の演習場でこういうのやってます、ベニヤで住宅街の模型を作って、そこで突入の練習をしてます、そういうのをたまに見ますけど、たぶん東京で暮らしている皆さん、そんなの観た事ないと思います。是非、そういうのを今はホントに、スマートフォン皆さん持っていらっしゃると思いますし、インターネットを皆さん持っていると思いますので、いくらでもネットを駆使すれば観られます。私なんかは、ホントに日本に帰ってくると、あまりにも地球上で起きている事と、隔絶した中で暮らしているのが急に怖くなったりするので、スマートフォンにアプリを落として観ている位です。スマートフォンにBBCだのアルジャジーラだのいろいろ入れて、仕事しながらずっとかけっぱなしで聞いていないと、不安になる位、日本は情報がありません。その辺を是非是非意識して頂きたいなと思います。それからもう1点加えたいのは、憲法9条というのが、私は、文言だけじゃないんだっていうことを皆さんにお伝えしたいと思います。それは海外に行ったら、結構体験できると思うので、是非とも学割のきくうちに海外旅行のチケットを使って、是非是非そういったのを体験してみてほしいです。私は究極的に体験して、それまで私、憲法9条って全然興味もなくてイラクに行ってましたけど、人質事件で拘束された時に、私は、誘拐した犯人たちに結局私は、その人たちに政治的に利用される道具として使われてしまったんだけれども、私は最初の3日間自衛隊のスパイだと疑われたんですよ。自衛隊のスパイだ、お前はスパイだと言われ、目隠しされっぱなしでずっとそれを何回も場所を変えられて、聞かれて、説明をするってやってきたんですよ。で、すごい重武装の人たちが結局話を聞いてくれたんですけどね。後になってね、私は日本に帰ってきてから思ったんですよ。私は一生懸命何を訴えていたかというと、私たちはイラクに来たのは、私たちは、あなたたちを敵視しているから来てるんじゃないと。戦争の為に来てるんじゃない。私たちは医療支援をしに来たんだ、緊急支援をしに来たんだとか、丸腰であるんだ、あなたたちを傷つけるようなものは、意思もなければそんなものは持ってないと。これ一番でかかったんですよ。実は私たちの事件の直後とかに、イタリア人グループだとか韓国人グループだとかバタバタ直後捕まってます。でも、みんな人道支援関係だったので、結局それで助かってるんですよ。一人だけ殺されちゃった人がいた。その人怖かったんでしょうね。ピストル持ってたからその場で結局殺されちゃうんです。戦場に行って銃を持つというのは、そういうことなんです。ピストルとか拳銃、武器っていうのはお守りじゃないんですよね。そこで持つということは、それは撃たなきゃ撃たれるということなんですよ。銃は、撃たれる前に撃たないと意味がないんですよ。そこをお守りだと、もしかしたら勘違いしてる人がいるのかもしれない。よく言われるのは、武装してちゃんと行ってるんですか?武装してちゃんと行くってことは、戦場ではちょっと考えられないんですよ。戦場で武装するってことは、私も撃たなきゃいけないんですよ。それは、やっぱり嫌。私は、人道支援者なのでそれはないです。それは人の道に反すると、私は思っているので丸腰でやるっていうのが一番安全だと思うし、この世の中に完璧な安全管理ってないんですよ。だけど一番高い確立で命を守ってくれるのは、イラクの経験で言うと、私も含め他の人道支援者も捕まって結局解放された。殺された人もいますよ。もう10年、20年やってきた人道支援のプロでも殺された人いますよ。でも、圧倒的に解放されてるのは、みな丸腰だからです。で、私は帰ってきてから、私は一生懸命彼らに誘拐犯に訴えてきたのは何かと言うと、私は丸腰で戦争をしない、個人的に戦争を放棄すると言うことを訴えていたと。そういうことはしないんだと。人は殺さないんだと。私は何の為にイラクに来たかというと、命を助ける、何かのほんの少し、医療者ではないけれど、助けがしたいんだと、そういうことを訴えてました。そして政治的な事は、分からないと言ったけれども、私はとにかく事実を目撃して、あなたたちが大変な目に遭っていたこと、あなたたちが本当に犠牲になっていることをこの目で見てきたんだと訴えました。で帰って来てつくずく思ったのは、あ、私は憲法の条文だ、全文とか憲法9条のことなんか文言なんか全く知らなくたって、ちゃんとそれが言えるんだってと思って。それはつまり私は、先ほど渡辺先生が言ったように私はそれで育ってきてて、私の細胞がそれで出来てた。それでちゃんと動けた。それで相手を説得することが出来た。それがすごく私は、あっ、憲法9条というのを、で私は救われたんだなっていうふうに後から思ったんですよ。で、これは極端な例ですけど、これはちょっと皆さん外国に行くと体験できると思います。というのは、あっちこっち世界中に親日家っていますよ。ニッポン大好きって人。必ずいますよ。で、特に中東なんかに行くと、平和な国・ジャパンて必ず言われます。ヒロシマ、ナガサキ。イラクの場合は内部被曝って共通項を持ってると思うから、ヒロシマ・ナガサキ・イラクは同じ被曝者だって必ず言われますよ。そういうこと考えると、なんとこの只の字面だと思っていた平和憲法というのが、ものすごく効果を発揮していると。ものすごく私たちはこれによって守られてる、それだけでも平和な国・ジャパンというブランドだけで、憲法も平和憲法を持っているというブランドだけで私たち守られているんだということを、ちょっとでも体験してもらえたらなと思います。ま、そんなとこですか。

Posted by 兼井 浩 on 2015年9月10日

★2004年にイラクで拘束された高遠菜穂子さん(日本人の3名の若者が拘束された事件の当事者)のスピーチ動画を視聴。「日本に帰ってくると、本当に日本の情報が偏っていると実感する」、「捕まった時、民間人で、丸腰の人は助かったが、護身用拳銃を持った人は殺された」、「拘束された時、イラクの人の命を助けるために来た、と訴えつづけて開放された」「被爆国であり憲法9条を持つ日本は、平和な国だと信頼されている。その国の人間だからこそ犯人を説得できた」と現場で体験した高遠さんの言葉は、非常に説得力あるものでした。

また、

中国脅威論についてどう答えるか、などについても考えてみました。

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宗教者、非戦の誓いを行動に11〜12月「日本の戦争展」

富山県内で、日本の戦争展が行われます。

◎11月19日〜21日 2〜8時 西本願寺高岡会館 高岡市東上関446
21日15時〜講演 藤井慶輝さん(妙福寺住職)

◎12月8日〜11日 1〜5時 大谷派富山別院 総曲輪2-8-29
9日15時〜講演 藤井慶輝さん(妙福寺住職)

主催は、富山県仏教者九条の会
共催は、念仏者九条の会・富山宗教者平和協議会
街援は、浄土真宗本願寺派富山教区·高岡教区、真宗大谷派富山教区·高岡教区、朝日新聞富山総局·北日本新聞社·富山新聞社·北陸中日新聞·每日新聞富山支局
いずれも入場無料。

以下、チラシの案内文を貼り付けておきます。

 今年は戦後70年という節目を迎えています。戦中戦後 の苦しみと悲惨さを、自身の体験として言葉で伝えてこられた方々も、一人・またひとりと先だっていかれます。
70年前に敗戦を迎えた日本、昭和20年に終結した太平洋戦争はある日突然として始まったのではなく、そこに至るまでの戦争の連鎖を背景にしています。先の20年にわたる戦争を侵略戦争として反省していく視点をもつならば、それは明治維新に始まる近代日本の国家形成それ全体を反省することにほかなりません。明治以降の日本の対外的な政策は国家独立と自衛という名のもとでの侵略であったからです。
しかしこの明治以降の歴史全体が侵略の歴史であったという反省は、侵略戦争であったことを認めない立場の人にとっては、日清日露戦争を経ながら強国とわたりあい、日本国家の形成へと尽くした先祖の名誉を奪うこととも感じられることでしよう。
いまここであらたに戦争展を開催するにあたり、日本の歩んできた明治維新以降の戦争の歴史が、それが侵略であったから悪であるとか、国家独立と自衛のためであって正当であったかではなく、戦争そのものが、人類の歴史において間違いなく悪であり、正当化される戦争というものはあってはならないという視点をもつことこそが宗教者がこの戦争展を開催する意味でもあります。
それはかつて日本の仏教者が祖師の聖教に代わって教育勅語を信奉し、それぞれの宗教的課題を担うことなく思考停止に陥り、排外主義的に自国の利益のみを求める皇国日本に積極的な協力をしてたことを、現代の宗教者自身が反省し続けることでもあります。
いまこそ、あらゆる戦争・紛争で失われていったすべてのいのちの無念さに思いを馳せ、仏教教団が先頭に立って協力してきた民族的排外主義と戦争の歴史を痛切に反省し、わたしたちの非戦の誓いを行動に表します。
この戦争展に足を運んでいただいた一人ひとりが、本当の平和の実現を目指し行動し続けていただくことを願い、みなさまにご案内させていただきます。

<戦争展内容>
当時のポスター、写真、文書類と実物展示(軍服・焼夷弾など)、パネル展示、「全国と富山空襲の記録」、「沖縄戦の記録」、講演

<チラシにある写真>
戦時中の西本願寺前戦意高揚の幕(左)、賛鐘供出法要の様子(右上)長野県称名寺に残る石の釣り鐘(右下)

20151119-21_120810日本の戦争展(富山・高岡)

20151119-21_120810日本の戦争展(富山・高岡)2