ヒトは「同調行動」する生き物。そこをとらえた社会変革のアプローチのヒント

人類の歴史が600万年とした場合(チンパンジーとヒトが分かれる起点から今日まで)、その99・9%の時間は、少数の集団・社会でなりたっていた原始時代(原始共産制社会、原始共同体社会)だった。その間に培われた人間の社会的本能・社会的行動規範というのは、「仲間とともに統一的に行動する」、「同調する」「和を乱さない」「命を賭しても集団に尽くす」「仲間を助けることが美」「忠誠心」「忠節心」という特徴づけがある。
ダーウィンは、こうした社会的本能をより強く発揮した集団ほど、他の集団より生き延びる確率が高くなると指摘した。淘汰され今日に生き延び進化した人間集団というのは(600万年後の今に生き残った人間集団は)、同調行動するという特徴をそなえた生き物なのである。
今日我々が生きている時代は、ヒトの長い歴史のなかでの直近0・1%程度=1万年ほどの瞬間的な時間である。農耕が発達し社会の規模も生産力も急速に拡大し、そのことを通じて富の偏在を生じさせ、階級分裂(持つもの・持たざる者、支配・非支配という構造をもった社会に変容)を生んだ。私たちはいまそこに暮らしている。
「みんなと一緒に」という人間の特性は、時には同調圧力といった言葉で、ネガティブにも評価される。まさにその通り、この特性が時には戦争への批判を押さえ込んだり、ジェノサイドを黙認したり、人種差別への批判を弱めたりすることもある。そして、為政者はその特性をうまく利用し、コントロールする。同調する特性は、ヒトを人間らしくする一方で、時には重大な誤りを生じさせる可能性をもはらんでいる。
しかし、それはDNAに染み付いたものであって、その時々で都合よく修正する事などほとんど不可能なものだと思う。だから、私たちに求められるのは、どんな時に同調行動が社会的に有意義な結果をもたらし、どんな時にそれは誤りを生むのか、これを自覚し対応するための日常不断の努力なのだと思う。
3・11の津波の際、「津波てんでんこ」という標語があり、これが多くの人々の命を救った。津波が来た時に家族を、隣人を慮って引き返して助けようとする行動は、自ら津波の危険にさらすことであり、そうした行動はむしろ有害であり、各々が一目散に高台へと逃げることこそが結果として家族を含めた多数の命を救うことになるという、過去の津波被害の経験から導き出された理性的な対処方法だった。
「他人のために我が命の危険を顧みずに助けようとする行動」は人間の習性だし本来は評価されるものだが、津波と遭遇した場合は逆になるのである。
釜石の奇跡ということが言われているが、鵜住居小学校では、津波が来た時の「てんでんこ」避難の方法は、繰り返し学校で学習され、訓練されていたという。
人間の習性を正しく捉えた上で、理性に基づく行動へと結びつけることは、可能なはずだ。

先日来、若い人たちとの学習をする機会があり、不破哲三さんの『マルクスと友達になろう』(日本民主青年同盟での講演、2015年)やマルクスの「経済学批判序言」(1959年)、エンゲルス『フィエルバッハ論』(1886年)などで、社会の変革についての理論を学ぶ機会があり話題提供者として準備のために学んだ。そもそも人間とは何か、これまでの人類の歴史をどう捉えるか、そして、これからの社会と歴史をどう展望し行動するかという内容を、非常に面白く、熱く議論できたのはとても有意義だったと思う。