民進・山上氏も不正。これで県議辞職二人目。政党とは、議員とは…(その2)

(その1)からの続き>

共産党の内部では、こうしたお金の使い方はあまり評価されない。「きちんと政策・理念を市民に理解してもらって支持をしてもらうことこそが議員の大事な仕事だ」という考えが根底にあるからである。

何よりも、共産党の場合は、選挙でも政治活動でも、みんながカンパを出し合って、相当な負担をしながらも、4年サイクルの選挙財政計画を立てて、党員は積み立てなどをしたりして、大きな負担をみんなで分かち合っている。もちろん議員は、その歳費から生活費を除いて、他は日常の議員活動費、政治活動費を捻出するし、次の選挙のための積み立てにも充てている。議員個人が葬式に新年会にと走り回るような活動をするために、党組織が財政活動をしているのではないのだ。

「酒やゴルフ」のための金が足りなくなる・・・といったことなど共産党の場合は、全く考えられない。

うちの議員の場合は、会議や活動で忙しすぎて、遊んでいる暇がない(それはそれで問題なんだけど)ので、「遊ぶ金が欲しかった」などという自民党議員のあのような弁など、到底理解できない。共産党富山県委員会の事務所に夜中11時ごろ、火爪弘子県議が一生懸命書類を作成していたり、会議の準備をしていたりしている姿を見ることがある。党中央委員であり、党県副委員長であり、県議である人が黙々と仕事をし、事務所の電話に出て応対する。普通(というか自民党の議員なんかは)こんなに仕事はやってないだろうな。

「共産党の議員なんて大変すぎて、なるもんじゃないな」と思うことはしばしばある。何の得にもならないし、忙しくなるばかりだ(それだけにやりがいもあるんだけど)。ひどい政治が続いているから「政治家にになりたい!」「議員になって政治を変えたい!」って純粋に思う人も何百人に一人くらいはいるみたいで、そのお気持ちをとっても尊重はします。が、

議員になりたくて共産党に入ろうとか、近づこうとかする人は、諦めてください!

日本共産党はそんなに甘くないです。

規約で定められた日本共産党員の権利と義務(第5条)のもっとも最初に来る一文は次の通り。

第五条 党員の権利と義務は、つぎのとおりである。
(一) 市民道徳と社会的道義をまもり、社会にたいする責任をはたす。→日本共産党規約全文

党員である前にまず、最低限の人間としての倫理観、道徳観を持たない人は日本共産党員にはなれないことになっている。議員となれば、さらに高いレベルが求められる。「維新の会でも何でもいいから、議員になりたいな」って思っているような人は、共産党はちょっと無理だ。

さて、話を戻して、前記事で民進党・山上氏について触れたが、自民党も大きな組織だとはいえ、議員が金をどう使い、自分の次の選挙をどうするかは、ほとんどそれらの議員個人の采配に任せられているのだろう。自分の責任で金を用意し、使え。党は知らない、という感じだ。だからおそらく、政務活動費は、あまり選挙に役に立ちそうもないものに細かく使うよりも、選挙に有利になるような金の使い方になるし、あわよくば、今回問題になったように次の選挙のためにプールする。しかも、「毎月の上限までもらえるものなら全部貰わないと損だ」と、まさに「政務活動費が自分の財布」とでもいうような、感覚麻痺に陥っているのだ。高岡市で発覚した元市議の柳瀬氏の報道(北日本新聞 2016.9.7付)では、議員最後の年、<政務活動費をもらえるものは全部貰っておこうと思って不正した>という趣旨のことを語っている。全くけしからんことだ。「北日本新聞」20160907

富山県議会の自民党会派が「調査研究費」の名目で海外視察に行っていることは以前から批判されてきたわけだが、政務活動費を調査研究に有効に使おうと思えば、海外視察で観光スポットになんか行ってないで、もっと違うものに使え!と思う。でも、彼らには使うところがないので、そういう大掛かりなものに使って消化しようとする意図が働くのだと思われる。自分が乗っている高級車のリース代を半額まで政務活動費で充当できることになっている。簡単に言うと、600万円の車なら300万円で乗れるんだ。いいご身分である。

「政務活動費(せいむかつどうひ)とは、日本における地方議会の議員に政策調査研究等の活動のために支給される費用である。」(ウィキ)

今回富山市議会で怒りを買っているのは、茶菓子代。会合で一人500円まで支出できると申し合わせており、人数分を掛けた金額を使ったことにして、ガッポリ懐に入れていたことが問題になった。ある議員は、その金で参加者に酒を振る舞い、一緒に飲んでいたというから、とんでもない奴だ。酒を飲ませてくれる議員には次の選挙で応援しなきゃなあ!とズブズブの関係になる「地元民」も、悪い。それも言っておく。

こうしたことが生じるのは、組織として倫理感が完全に欠如しているからだ。自民党がそういう体質で、野党第1党である(とはいえ、富山県内では野党第2党だが)民進党も実は同じだったということが明らかとなったのが今回の事件である。議員個人の問題として、トカゲの尻尾きりよろしく、うやむやにしようとしている姿は許せない。彼らにはもう自浄作用はない。世論が監視し、包囲し、攻め続けないと、膿を全て出しきるのは無理かもしれない。

とにかく、もう、政党として、組織としての体をなしていないということではないか。

野党共闘を考えた時、それぞれの野党にもお家事情があるから、わが共産党から見て、政策や綱領上問題があるからとか、体質上問題があるからとか言って、単純に切って捨てるわけにはいかない。やはり大人な対応が求められるとは思っている。

が、しかし、政治とカネをめぐる問題での最低限の倫理水準を担保できない政治家とは、キッパリとお付き合いを解消しなければならない。またそうした人物を排除できないでいる野党なら、もう未来がないといっても良い。

多数独占で驕る自民党を抑え込むには、野党がもっと強くなる必要がある。わが党が、定数7の高岡選挙区で議席を何十年も取れずに来たのは、我が党の力のなさである。民進党がこういうていらたくな今、不正を蔓延させないために、次の県議選は絶対に高瀬あつこを議会へ押し上げなければならない。