民進・山上氏も不正。これで県議辞職二人目。政党とは、議員とは…(その1)

山上正隆(やまがみ・まさたか)富山県議(4期)が、領収書偽造問題を理由に辞職願を出した。

これはある意味ショックである。富山3区での野党共闘という今後の取り組みを展望していたのだから。

山上県議も不正、辞職

民進党と社民党、生活の党とわが共産党が、つい先日の参院選でともに力をあわせて選挙区・道用えつ子候補勝利に向け手を取り合っていた。野党連携を追求する中、民進党県連や連合の後ろ向きな動きにヤキモキすることが多かったわけだが、その民進党幹部の中でも、山上氏は野党共闘へ一貫して前向きな思いを語ってきた人物だった。2016参院告示前野党共同街宣

高岡駅では、道用えつ子さんの「オールとやま」宣伝カーで、各野党の議員が並んでマイクを握った。野党第1党であるから、一番最初に演説するのは当然山上氏だった。

7月8日の朝は、高岡駅前(瑞龍寺口)で、民進党の山上県議、社民の井加田まり県議、そして共産党代表として私もマイクを握った。画期的なことが高岡で起こったのである。

20160708野党共同高岡駅前街宣

山上氏は、「戦争だけはやってはならない」その思いを熱く語り、「立憲主義を破壊しようとする自民党勢力に対抗するには、野党が結束すべきだ」としっかりと訴えた。私は、山上氏のこの発言、態度は本物であると今でも思っている。(山上県議の本気

なので、山上氏の辞任は、野党共闘への大きなダメージであり、そこから挽回するには、相当な期間と相当な努力が必要だと思われれる。

しかし、このような政治観を持つ山上氏への評価と、政治家として、いや、一人の人間としての最低限の倫理感が欠如していたことへの評価は、まったく別物である。

領収書に架空の商品代金を書き込み、お金を手にする。
自民党と同じ手口で税金をだまし取ったのだから、山上氏の辞任は当然のことだ。

9月17日付の北日本新聞の最終面の記事を見ていて思ったのだが、やはり民進党というのは、政党の体をなしていないのだということを感じた。20160917北日本新聞

政党というのは、共通する理念を持つ人たちが集まり、国政や地方政治で政策を実現させるために、選挙を通じて議会で多数をとり、法律や条例を変化させていくために行動する組織である。議員を生み出そうとすれば、その政党党員のなかから、ふさわしい人物が推挙され、議員候補者となる。そして、みんなで選挙資金・政治活動資金を党費やカンパや事業活動などで確保し、活動し、選挙を戦い、その努力結果「議員当選」が勝ち取られるのだ。

道用えつ子さんを勝たせようと運動した「オールとやま県民連合」は、集会のたびに参加者にカンパを募っていた。

わが日本共産党の活動でも、ほとんどの演説会や集会でカンパを呼びかける。支持してくださる方々からの浄財を集めるしかないからで、必要な活動資金を確保するには、正直、大変な苦労がともない、涙ぐましい努力が続けられている。もちろん「しんぶん赤旗」が大きな収入源となり活動資金になっていることは言うまでもない。

ただ、日本共産党などが、このような苦労をしていることは、あまり知られていない。(努力不足です)

しかし、この記事を読んでいる限りでは、山上氏が議員になった経過というのは、たまたま労組の専従をやっていて、たまたま議員になっちゃった。そして民主党という名の政党の外皮をまとっただけだった、という印象である。

議員になった後は、選挙活動も日常政治活動も「あとはおまえの責任だ」ということなっていて、公認した政党が責任をもって、まっとうに仕事ができる議員に成長させるような、「組織としての研修・修身機構」がないように見える。「自分の退職金が尽きてしまって、次の選挙の経費をどうやって捻出するかが悩みになっていた」といった話は、共産党に所属している私としてはとても信じられない。みんなのために(=彼は労組出身だから、労働者の利益のために)立候補したというならば、そして、民主党が彼を議員にふさわしい人物として公認をしたのならば、労組や民主党は、個人の財産をつぎ込んでまで議員をしなければならないような状況に、山上議員を置いてきたことに問題があるのではないかと思う。要は、組織の問題、政党の問題ということだ。

「たくさんある新年会の会費のお金が大変」で、そのお金をどこかで都合しなければならなかった、という言い訳めいた話も、情けない話だ。

何かしらの会合・集会等を主宰する団体・市民側にとって、その場に議員が顔を出してくれることは悪いことではない。議員とのパイプが太くなれば、様々な要望が通りやすくなると思うのが普通だからだ。

よく知られているように、そうした集まりに各党議員が出席競争しているわけで、年1回の節目でありその町内や組織の構成員の多数が集まる「新年会」の顔出しがエスカレートしていくのは、当然の成り行きだろう。新年会をひらく側としても、多数の議員が会費を納めていくことは、とてもありがたいことだろう。

議員活動の評価がそういうところで決まるような風潮があることは間違いない。「まあ、世の中そんなもんだ」ということだろうが、それでいいのか。

そんな議員にとって葬式も重要である。身内でも地元住民でもない何の関係もない人の葬式でも、有権者となれば何はさておいても駆けつけ、あるいは弔電を打つわけである。

そして、そういうお金は莫大なものになるはずだ。
ここに問題点の1つがある。

南砺市の福野地域では、香典弔電受け取り自粛へと動いているようだが、これは大事なことだと思う。

20160918北日本「香典受け取り」自粛

(その2)へ続く>