目からウロコは落ちたか!?「社会は変わる」セミナー1回目。

3 月11 日、第1 回目の「社会は変わるセミナー」を開催しました。
20160311「マル友」学習会風景TRM
セミナーの詳細は、こちら→「目からウロコ『社会は変わる』セミナー」です。30代までの若者向け企画です。

過去1000年で最も偉大な思想家は誰か?のイギリスBBC放送の調査(1999年)で、マルクスがダントツの1位だということが紹介されています。4位までしか紹介されていなかったので調べたところ、
1位 K.マルクス
2位 アインシュタイン 物理学者
3位 ニュートン 物理学者
4位 ダーウィン 進化論
5位 トマス・アクィナス 哲学者
6位 ホーキング 数学者
7位 イマヌエル・カント 哲学者
8位 ルネ・デカルト 哲学者
9位 ジェームズ・クラーク・マクスウェル 理論物理学
10位 フリードリヒ・ニーチェ 哲学者

ということでした。

マルクスの理論の中でも最も重要な世界観(物事をどう見るか)の根本問題となる「唯物論と観念論」について学びました。

唯物論者か観念論者かを分ける不破さんの3つの質問の話から、さらに=ちょっと脱線して、脳(意識)と外界との関係について考えました。

物事を捉える力(認識のあり方)が、人類の進化過程で発展してきたことを考えるために、一例として「錯視現象」を紹介しました。2 本の同じ長さの線がなぜ長短あるように見えるのか?

20160311同じ長さが・・・.001

錯視現象(遠近感)

黄色い円筒はどれも同じ大きさですが、後方(奥)のものが大きく見えます。
理由は、広い空間で(遠近感ある風景で)視野に入った遠いもがより大きくはっきりと見えるように脳内で変換されるためです。遠くの天敵をより早く発見・認識して危険を回避し、生き延びる術として獲得された特性ではないかという説があります。いずれにせよ、人間の意識とは、物事を鏡のように受動的に認識するのではなくて、物事を能動的に認識する力があると考られるわけです。

錯視現象がよりわかりやすく説明されているサイトがありました。立命館大学の北岡明佳先生

人間の集団行動、同調行動についても考えました。ナチスの犯罪=ユダヤ人の大量虐殺について、ハンナ・アーレントは「凡庸な悪」と表現しました。凶悪な人間が虐殺をしたのではなくて、そこら辺にいるごく普通の人の良いおじさん、お兄さんが、虐殺に関わったわけです。

事例として、1942年7月13日、ポーランドに駐留するドイツ第101警察予備大隊の500人の兵士が、1800人のユダヤ人市民をその場で射殺せよとの命令が下された時、その命令を遂行できない者は意思表示せよと(処罰はなし)の指示にわずか10名ほどしか名乗り出なかったということを紹介。そうした行動の背景には、道徳律(殺してはならないという普遍的な価値)よりも、集団の多数とは違う行為をして結束を乱すことを恐れる心理が強く働くというのです。

『なぜ直感のほうが上手くいくのか? – 「無意識の知性」が決めている』ゲルト ギーゲレンツァー 著、第10章を参考にしました。なぜ直感の方が上手くいくのか?ゲルト・ギーレンツァー2010

同著では、

●結束を乱すなかれ。
●標準がそうなら、それでよしとせよーデフォルト規制
●仲間の多数派に従え。
●集団本能。民族・宗教・国籍の一体感。スポーツ、国威発揚。その集団のためなら身を捧げる。

といった内容が詳しく論じられています。

同じく11章「社会本能」では、ダーウインの言葉が紹介されていました。

「愛国心、忠誠心、勇気、思いやりの気持ちが豊かで、常に助け合い、皆のためになることなら自らは犠牲になる覚悟ができている、そういう構成員が大勢いる部族は大抵の部族に勝利するはずだ。これを自然淘汰と言わずして、なんと呼ぼう。」

「自民党がダメだ」という理性的な判断を抑えて、「周りのみんなが自民党支持」という状況であれば、その世論に従うという行動原理は、実は人類の社会性、社会本能という側面から見ると、非常に納得のいくものでもあります。

それらを踏まえた、世論形成の方法論ももっと研究すべきなんだろうなと感じました。こうした議論は大変面白かったです。

その他、なぜ人は騙されるのか?という問題、ヘーゲルの書いた「主人と奴隷の弁証法」という一文から、支配・被支配の関係を解き、生産に従事している階級がこそが、その社会を変える力を持つという話題、人類の歴史の中で階級社会はわずか0・1%程度の期間しかなく、階級社会を乗り越えたその先の歴史こそが人間の「本史」だという話題も紹介し、深く学ぶ場となりました。

不破さんの本文からかなり脱線したために、もう少しテキストの内容に沿った深め方が必要だったかなと反省しています。また、予定の「経済学」は時間切れでセミナー2回目に持ち越しすることになりました。