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サンダース「民主社会主義」の普遍性

米大統領選で、民主党の大統領候補の指名争いでクリントン氏を追撃するバーニー・サンダース氏の動きは、多くの人々が注目する。

この「しんぶん赤旗」記事を読んで、サンダース氏の提起する現状打開の方策=民主社会主義は、単にアメリカ社会が抱える問題に対する解決の処方箋ではなく、世界資本主義、そして日本の資本主義社会の矛盾と行き詰まりに対する、明確な打開方向であると確信した。

20160419しんぶん赤旗【2016 米大統領選】

バー二ー・サンダース氏が語る「民主的社会主羲」

巨大な富と所得の不平等と権力構造がある
富裕層だけでなく全ての人に役立つ経済を

米大統領選挙の候補指名争いは大詰めに近づいています。19日にはニューヨーク州などで予備選挙が実施されます。民主党の予備選挙・党員投票では、バーニー・サンダース氏がヒラリー・クリントン氏と指名を争っています。みずからを「民主的社会主義者」と称しているサンダース氏。「民主的社会主義」をテーマにしたワシントンのジョージタウン大学での演説(昨年11月19日)の大要を紹介します。

20160419赤旗サンダース演説要旨

大恐慌の真っただ中の1937年1月の就任演説で、フランクリン・ルーズベルト大統領は米国を見渡し、目にしたものを語った。
数千万の市民が基礎的な生活必需品を手に入れられていない。
数百万の家族が、あまりに不十分な収入で生活しようとして、日ごとに家族の破滅という暗い影に覆われている。
数百万の人々に教育や余暇がなく、自分たちや子どもたちがよりよい状態に向かうことを否定されている。
国民の3分の1が劣悪な衣食住環境にある。
ルーズベルトは行動した。自身が経済反動主義と呼んだ当時の支配階級による激しい反対にもかかわらず、数百万人を職場にもどし、貧困から救い、政府への信頼を確立した。それが今日、われわれのやらねばならないことだ。
一方、ルーズベルトが提案したことのほとんどが「社会主義的」と呼ばれた。社会保障年金はこの国の高齢者の生活を変えたが、「社会主義的」だった。「最低賃金」という概念は市場への過激な介入とみなされ、「社会主義的」と称された。失業保険や児童労働の廃止、週40時間労働、団体交渉、強力な金融規制、預金保証、数百万人を働かせる就労事業、これらはすべて何らかの上で「社会主義的」と称された。しかしこうした事業は米国を形作るものとなり、中産階級の基礎となった。

支配階級に挑み打破する運動を

2015年の今、08年のウォール街の暴落がこの国を大恐慌以来最悪の経済不況に陥れたにもかかわらず、米国民が1937年よりも経済的に潤っていることは明らかだ。
しかし、非常に深刻な事実を私たちは認識し、それに対処せねばならない。技術や生産性が大規模に拡大したにもかかわらず、米国経済や世界経済が大幅に成長しているにもかかわらず、数千万の米国の家族は引き続き、基本的な生活必需品が不足し、数百万人が最低限の生活水準を家族に提供しようと毎日、苦労している。現実は、過去40年間に米国の偉大な中産階級は没落し、政治制度への信頼は今や極めて低い。米国を本気で変えようと思うなら、政治運動を生み出す必要がある。私たちの国を破壊する貪欲さを備えた支配階級に挑み、打ち負かす覚悟のある運動だ。
今日、米国は世界史上最も裕福な国だが、ほとんどの国民はそのことを知らない。新たに生み出される所得や富のほとんどが、トップにいる人たちのところに行くからだ。事実、過去30年間に巨大な富の移転があった。数兆ドルという富が中産階級から上位1%のさらに10分の1の人に移った。
今日、米国では、数百万の国民が二つないし三つの仕事をかけもちしてようやく生活ができている。米国の中産階級が信じられないほど勤勉に長時間働いているのに、今日新たに生み出される総所得の58%が上位1%のものになっている。
今日、米国では、2900万人の国民に健康保険がなく、さらに多くの人が一部保険をかけているが、掛け金と自己負担額は驚くほど高い。
肝心なことは、今日、米国には巨大な富と所得の不平等だけでなく、その不平等を維持する権力構造があるということだ。一握りのずば抜けて裕福な政治献金者には政治プロセスに対する大きな影響力がある。彼らのロビイストが議会で起きることのほとんどを決定している。
家族を食べさせられないなら、人は本当に自由ではない。
尊厳をもって退職できないなら、人は本当に自由ではない。
失業していたり、十分に給与が支払われなかったり、長時間労働で疲弊したりするなら、人は本当に自由ではない。
医療が受けられないなら、人は本当に自由ではない。

医療と公教育は全ての人の権利

民主的社会主義が意味するのは、私たちは富裕者だけではなく、全ての人の役に立つ経済を生み出さねばならないということだ。
民主的社会主義が意味するのは、全体として不公平なだけでなく、多くの面で腐敗している今日の米国の政治制度を改革せねばならないということだ。
私の考えでは、ウォール街や億万長者、大企業だけでなく、労働者世帯のために民主的社会主義を実現すべき時だ。労働者が雇用を失う一方で企業の利潤が拡大するような通商政策を実施したりすべきではない。
医療は特権ではなくすべての人の権利であるベきだ。これは過激な考え方ではない。他の主要国のどこにでもある。
民主的社会主義とは、公教育はこの国の全ての人、その能力と資格、希望のある人に、公立大学に無償で通う権利を認めることだ。
民主的社会主義とは、週40時間働く人が貧困な生活をしてはならないということだ。今後数年で最低賃金を生活できる賃金、時給15ドルに引き上げねばならない。
民主的社会主義とは、化石燃料産業の貪欲さや不当な利益を許さず、環境や地球を破壊させないという政策である。
主要な企業が自分たちの利益をケイマン諸島など海外の租税回避地に隠し、毎年1000億ドルの税金の支払いを逃れているのは許せない。へッジファンド経営者が看護師やトラック運転手よりも低い実効税率で税金を支払っているのは許せない。
次に私が社会主義者だと攻撃されるのを聞いたら、以下のことを思い出してほしい。
私は政府が生産手段を所有すべきだとは考えていないが、米国の富を生み出す中産階級と労働者世帯には相応の配分があってしかるべきだ。
私は雇用を海外に移出、利益を上げるのではなく、米国内で努力し、投資し、成長するような私企業を信じる。
私が大統領に立候補しているのは、自分の番だからではない。一部の人でも少数の人でもなく、全ての人に希望とチャンスがある国に住む私たちすべての番だからだ。

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以上、記事の文字おこし。

いかがでしょうか。アメリカの数値を日本の数値にそっくり入れ替えても、十分通用するものであると思います。


人格化された資本とはなかなか渋い表現だな

4月7日夜開催された「社会は変わる」セミナー第3回目は、資本主義の利潤獲得欲求が私たちの生活にどのように影響するのかという章と、資本主義を乗り越えた次の未来社会はどうなっていくのかを考える章でした。

セミナー4回目

資本主義の生産は利潤獲得が最大の欲求であり、それは結果として、

物を果てしなく作る(剰余価値を最大化)

物を果てしなく売る(剰余価値=利潤を獲得するための販売競争)こと

が求められる経済社会になってしまうわけです。そこでは、生産を拡大するために長時間労働、過密労働が要求されます。また生産効率のアップや不変資本を遊ばせないため、例えば昼夜に交替制労働も導入して生産設備を無駄なく使い切り、その更新を早めてより生産性アップを追求します。

夜間労働、児童労働など、過酷な「労働者使い捨て」の労働形態が生まれるわけです。今風に言えば、ブラック企業の根源がここにあるということです。

「労働者の健康と寿命にたいし、なんらの顧慮も払わ ない。」(資本論・第1巻・8章)

しかし、こうした理不尽な労働者使い捨てに対抗し、労働者は団結し、普通選挙権の獲得などを求め、労働時間の短縮の法制化のたたかいに立ち上がりました。1850年の10時間法成立がその端緒となります。

では、「10時間労働」(今なら8時間に)が決まるのはどんな要因によってか?です。

①資本家は、労働力(1労働日)の買い手として労働力を自由に行使する権利を得て、出来るかぎりそれを使い切ろうと=労働時間の延長・労働密度を高めます。これが使用者の正当な権利。

②一方で、労働者は所有する労働力を翌日以降も、また次世代の労働力(子孫)を養育しそれを供給し続けるためにも、正当な賃金を得て、かつ、十分な休息も得て、引き続き資本家に相対する必要があります。長時間労働でヘトヘトになり翌日の仕事に差し支えたらダメ。子どもを育てる余裕のないほどの過酷な労働ではダメです。だから、労働力の所有者である労働者は、その浪費をできるだけ抑える。これが、労働者の正当な権利。

つまり、①と②は、それぞれ正当な権利同士のぶつかり合いで、その決着は、結局のところ、資本(総資本)と労働(総労働)との力関係によって決まるのです。

こうして一国の標準労働時間が、国法によって定められ、日本では、8時間となっています。

資本家は、こうした社会的な制約をかされなければ、労働者を酷使し、あくなき利潤追求に邁進します。

これが資本の性質。どんなに良心的な社長さんであっても、資本主義の利潤拡大競争という土俵の上では、結局その競争とは無関係に営みを続ける事は出来ないわけです。競争に乗り遅れれば、没落から免れないからです。

マルクスが

「人格化された資本」
(資本論・第1巻・22章)

と表明したのはこういうことです。

労働者が労働時間の適正化(適正な労働条件)を社長の善意に託すのは現実的ではなく、法律による強制こそが資本の横暴を食い止める確かな力になります。

実際に、現代日本では、労働者の労働時間を伸ばし、残業規制を取っ払おうとする資本の側(経団連とその利益擁護政党である自民党などが労働法制の改悪をいつも狙っています)に対し、労働者の側がそれを押しとどめ、残業規制の現実的な法整備を求めて運動をしています。このような、力と力のせめぎあいによって、労働条件が規定されていくということです。

日本共産党がブラック企業規制法案を国会に提出したことで、理不尽な企業の動きに一定の歯止めをかけることができたのは、その象徴的な実例です。

(続く)

【参加された方の感想】かなり遠くに感じていた哲学や経済学でしたが、身近で驚きでした。「大量生産、大量消費、大量破棄」の現代にもやもやしたものを感じていましたが、将来が恐ろしくなりました。今の環境に慣れてしまった子供たちのことも心配です。多くの人がもっと今に疑問を持ってほしいと強く思いました。マルクスってすごい。もっと知りたいです。って感じです。

高く売ったらもうけが生まれるのか?ー第2回セミナー

不破哲三講演「マルクスと友達になろう」パンフをテキストにしたセミナーの第2回目のテーマは、第3章の「経済学」。

手強いテーマでした。

テキストを一通り読んだ上で、再度本文に戻って逐条的に解説。
マルクスが明らかにした、儲けが生まれるからくりが、労働力という特殊な商品に根源があるという部分をどう解説するか、が課題でした。
もうけは、「原価より高く売ることで生まれる」ように見える。言い方はいろいろですが、「適正価格で買って、高く売る」「安く買って、適正価格で売る」これが利潤を得る感覚的な捉え方だと思います。
しかし等価交換を前提とする市場経済=基本的に売り手も買い手も対等平等な社会であれば、導き出されるのは、

自分のもうけ(得)は相手の損であり、

相手のもうけ(得)は私の損であるために、

論理的には市場売買では儲けは生まれる余地がないわけです。
100円の価値を持つ商品は100円の価値を持つ商品と交換されるしかない。100円=100円な訳です。
100円の商品を120円で売れるなら、100円=120円ということになるが、それでは等式がなりたたない。

しかし! もうけはこの交換の過程でしか(市場の中でしか)生まれないのも事実。

これが矛盾である。

もうけは交換(市場)では生まれないが、交換(市場)でしか生まれない、という矛盾を示し、その解を示したのが『資本論』というわけです。

100万円を投資(50万円分の原材料と労働力購入=50万円の賃金)→生産(労働力の使用)→新商品完成→市場で販売→150万円で売れる。もうけは50万円となる。100万円=150万円となる。

市場経済の法則を壊すことなく、もうけ=利潤を生み出す秘密は、この下線の生産の部分。ここで労働力の使用によって生み出される新しい価値は労働力商品の価値以上の新価値(今回の事例では100万円)を産んでおり、原材料50万円と合計し150万円の価値を持つ商品となって生まれたというわけです。
労働者は自らが販売する労働力をその価値通りに販売しているのに、不払い労働が生まれる、つまり搾取が生まれるのです。

もう書いていて面倒なので、これ以上深入りしません。

不破さんのパンフレットでは、奴隷制時代なら奴隷に生産させて生きるためのわずかなものしか与えられず残りは全て奴隷主のものになる、封建制なら農民が領主から年貢としてどれだけ取られるのかも一目瞭然。これまでの社会では、搾取されていることが感覚でわかるのです。しかし、資本主義では、いったいどれだけ搾取されているのかが、全くわからない。そう、強調しています。

これを覆い隠している秘密を暴いたのが、マルクスの剰余価値理論なのです。

不破さんはさらに、資本主義を変える主体が労働者階級である事を、とても重要なことだとして強調しています。

収奪者が収奪される
「資本論」第1巻、「収奪者が収奪される」という文章を導く、結合され組織された労働者階級が、資本主義をうちたおすという文章も紹介。資本主義によって生まれた労働者が、その資本主義を打ち倒す主体になるのだと。

「社会は変わる」に確信を深めました。

参加者からは、「とても興味深くて、ためになるものだと思いました。単に市場経済を否定するだけでなく、その仕組みを学んだり、理論的に考えることは、とても大切。それにより、より具体的な考えを持ったり、またそれを誰かに説明できるのだと思います。学習会自体には大きな意義を感じました」(30歳、女性)

「等価交換なのに儲けが生まれるという仕組みに驚いた。大学に行っても社会科学系のサークルに入りたい。」(18歳、女性)

「久しぶりにあの様な学習会に参加出来て、新鮮でした。そして、あのテキストは素晴らしいです」(お子さんと参加されたお母さん)

「いろいろ学べてよかった。よくわかった」(16歳、高校生)

絶対的剰余価値の生産についての説明が中心でした。相対的剰余価値の生産とか、産業予備軍・相対的過剰人口の問題とか、まだまだ学ぶ内容はありますが、時間は限られており、そこまでは辿りつくことはできませんでした。